エイ太の雑感

日々のあったりなかったりをそこそこゆるく書いていくブログです。

The obstacle of "Thinking different(ly)"

前回書いた記事(11月25日)から一ヶ月以上経ってしまいました。更新できなかった理由はいくつかあるのですが、一番に大学も終盤に差し掛かっていて、それゆえに課題や試験が一気に押し寄せてきたことがあります。そんな大学も、まだ後期が終わったわけではないのですが、ひとまず冬休みに入り僕の都合の方も落ち着いてきたため、こうして久しぶりに記事を書いています...

ブログに対する固定観念

それと書けていなかった理由としてもう一つ挙げておきたいのが、自分の中に固執するブログというものの固定観念です。このブログを立ち上げた際に大切にしようと思っていたことに、ゆるく書くということがありました。それも定期的に更新するため、自分で自分の制約を解除することを目的としてだったのですが、どうやらそれだけでは制約を取り払いきれなかったみたいなんです。その制約というのは、ブログの量と質のレベルを高く維持しなければならないという思い込みのことで、これに僕は邪魔されているのだと思います。なので、しばらくは量と質に関して無頓着のままブログを垂れ流していくつもりです。

スティーブ・ジョブズAppleの標語 "Think different"

Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. While some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.
クレージーな人たちがいる
はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達
四角い穴に 丸い杭を打ち込む様に
物事をまるで違う目で見る人達
彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない
彼らの言葉に心を打たれる人がいる
反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
しかし 彼らを無視することは誰にも出来ない
何故なら、彼らは物事を変えたからだ
彼らは人間を前進させた
彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う
自分が世界を変えられると本気で信じる人達こそが
本当に世界を変えているのだから  --Wikipediaより引用

これは1997年に放送されたアップルの企業PRのコマーシャルで語られている文章です。そしてこのコマーシャルのスローガンとして掲げられたのが見出しにある"Think different" です。そしてアップルといえば、共同創設者であるスティーブ・ジョブズを思い浮かべる人が多いかと思います。そんな彼の名言としてよく取り上げられる言葉は"Stay hungry, stay foolish"ですが、彼がこの言葉を発したのは、スタンフォードの卒業スピーチでのことです。以上あげた二つのことから、少し思ったことがあります。

www.youtube.com

人と違うことが最上とされる、窮屈さ

僕が現在通っている大学の学部は、なぜか人と違うことを考えたり、人と違うことをしていることをありがたがるような風潮があります。つまり、とんがってよし、ということ。それは学生だけでなく、大学の方針もそんな感じです。同じ大学の学部に所属する人と会い、話しているとよく出てくる言葉が、「ここには変な人がたくさんいて面白い」です。そのような趣旨の言葉を語っている彼らの顔を見ると、純粋にそう思っているのだろうことが窺えるほど無邪気な顔をしているのですが、僕はそれを聞くたびに違和感が僕を包むと同時に、窮屈さも感じていました。ここにしかそういった変な人がいないかのようなことを言う人もちらほら。

そしてまた、そんな彼らが話の中に好んで出すのが、スティーブ・ジョブズです。彼らは、ジョブズは他の人と違った考え方をした(要するに、"Think different")から、あそこまでになったのだ、と主張します。それも一理あるのかもしれませんが、しかし、果たしてジョブズが言いたかったことは本当にそういったことなのか、僕には疑問です。

この、人と違うことが最上であるという価値観が蔓延している世界は、逆に見れば人と違わないと価値がないという価値観の世界とほとんどイコールであり、それが生み出すのは、「人と違わなければダメなんだ」とする強迫観念です。

ジョブズのスピーチを聴いていると、他人と違う自分であれ、なんてことは一言もいないと思います。スピーチでは、彼の半生を振り返られていますが、そこで語られていることは、点と点をつなげること、愛と敗北、そして死についてです。この中で人と違ってあれ、と誤解しそうなことを語っていそうな部分は最後の死について、です。彼はそこでこんなことを語っています。

Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma ―which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

しかし、ここで語られているのは、簡単にいえば他人の人生を生きず、自分の人生を生きなさいということなので、人と違ってあれ、なんてことは言及されていません。

また勘違いしやすいところに、彼の生き方があるのでしょう。彼の生き方は、山あり谷ありで、どう見ても普通には見えないです。その彼の生き方と、このような発言、さらには先ほどのスローガンを見ると、人と違うのがいいと解釈してしまいそうです。けれども、それは彼の言葉を借りるのであれば、inner voice、内なる声に従って生きてきた結果がそういった人生を形作ったのであって、何も人と違う生き方をすることを目的として人生を歩んできたわけではないのだと思います。

まとめ

だいぶつらつらと長いこと書いてしまいましたが、要するに僕が言いたいことは、人と違うことをありがたがる必要なんてない、自分自身、人と違うことを目的にしなくてもいいということです。人と違うことが目的なのか、それとも結果なのか。それを目的にすることに重きを置いてしまって、現在の自分(または他人)に(他の)他人との違いを頑張って見出そうとするのは、息苦しい作業ではないでしょうか。もちろん、そうしたい気持ちは理解できます。僕自身も、自分という存在のあやふやさには苦しんでいるので。しかし、人との違いに価値を置き、今それを見出そうことに苦心するのは、自分(他人)というものを現在に縛り付け、限定しまう行為で、逆に自分(他人)という存在を貧しくしてしまう原因になってしまうのではないかと僕は思います。だからもし、自分は平凡な存在でなんでもない、何者でもないということに苦しんでいる人がいたら(あるいは自分の周りにいる他人をしょうもないと思ってしまっていたら)、自分を限定せずに、様々なことをしてみて、所属団体の枠組みを超えいろんな人に会って話をしてみることを僕は提案してみたいです(他人の場合は、そうしていく中で、その人の個性が際立ってくるものなのかもしれません)。そして僕自身もそうであろうと、日々過ごしています。

そうすることで、将来きっと、点と点がつながり、自分を形作ってくれるのだと信じているから。